神戸重工ホームページ 扉絵集

 

写真 解説

2010年7月3日東北本線岡本〜宝積寺間にて撮影

2009年7月26日〜2011年1月8日の間 UPしました

EF81の定期運用が終わると言う情報が流れ、そろそろお別れの時が近づいた事を知りました。

私にとってのEF81のイメージは大阪駅で寝台特急の先頭に立つロースピンク色が強いのですが、朝の通勤時間帯に良く見かける北斗星色 赤のEF81もいつしか好きになっていました。


最終日にお別れするよりも、いつもの撮影でお別れをする方が性に合っているので、この日 EF81にお別れの言葉をかけながらシャッターを切りました。
「国鉄型」という言葉がまた一つ過去のものとなった様な気分でした。

この時の次に撮影に行った時は既にEF510に置き換えられていたので、曇り空ながら、EF81を収めた大切な一枚となりました。


2009年12月27日東北本線岡本〜宝積寺間にて撮影

2009年12月31日〜2010年7月26日の間 UPしました
昨年の冬の日、いつもの踏切へ朝の撮影に行きました。 ここでの撮影もすっかりお約束をなった感すらあり、やってくる列車を楽しみながら撮影をしておりました。

この日は随分寒かったので、もしや・・・とは思っていましたが、期待通り北斗星の最後部のオハネフ25のお顔には雪がかぶっていました。


栃木で雪をかぶった列車の写真は狙ってもなかなか撮れるものではないので、この日は何だか素敵なプレゼントをもらったような嬉しい気持ちで一日過ごす事ができました。

2009年10月30日東北本線岡本〜宝積寺間にて撮影

2009年11月1日〜2009年12月31日の間 UPしました
日本に帰国して一年が過ぎ、通勤時間帯に通る列車も何となくわかる様になってきました。

その中でもお気に入りなのがEF210率いる「トヨタロングパスエキスプレス」です。

最近はこの様な専用貨物列車は少ない上に、全てTOYOTAのロゴの入った専用コンテナを使用しており、抜群のインパクトを持つこの列車を見られる時間に通勤する様になりました。

当然、模型化すべく コンテナの図面を起こし始めたのは言うまでもありません。

2009年6月8日名古屋駅にて撮影

2009年6月15日〜2009年10月31日の間 UPしました
タイ駐在中に現地の方と話す際に日本が誇れる物の一つですが新幹線でした。

最近は0系は引退し、100系はおろか300系も見かける機会が少なくなり、すっかり淋しくなってしまいました。

出張で東京-名古屋間を移動する際お世話になるのが多いのがN700系。
スタイルは賛否両論あるみたいですが、やはり性能が良い車両は格好良いものです。 古い車両に想いを馳せる事もありますが、新型車両を見るとワクワクしてしまいます。

私はあまり風景写真は撮った事が無いのですが、夕暮れ時にビルと一緒にN700系を撮ってみました。

これからも世界に誇れる日本の新幹線でいて欲しいと心からそう思います。




2007年3月4日〜2009年6月14日の間 UPしました
の前の京阪神緩行線に103系が走り始めたのは小学校低学年の頃でした。
その頃から何故か旧国好きで、出かける時はまだ数少ない103系をパスしてでも旧国に乗っていたものでした。

家の近所から73系がすっかりいなくなってしばらくして、岡崎市の叔母が結婚して白馬に引っ越しました。
そして、そんな親戚めぐりを利用して、夏休みや冬休みに神戸→白馬→辰野・飯田線豊橋経由岡崎→神戸と言う旧国鈍行列車の旅を数回行う事ができました。

いつも辰野始発の豊橋行に乗っており、ほとんど先頭車両はクハユニ56だったので、私のペーパー自作第一号は11歳の時のクハユニ56 012となったのです。

まだ小中学生だった頃なので、カメラを持っておらず、あまり写真が残っていないのが残念ですが、クモハ54のうなり音、クハユニ56の揺れ、話しかけてくれた運転手さんや車掌さんの声など、飯田線で経験した全てが私にとって大切な思い出になっています。
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2006年9月10日〜2007年3月3日の間 UPしました
2002年冬、日本の取引先への出張がありました。 場所は日本に居た頃でもめったに無かった、福知山方面。

タイに駐在してからはとにかく日本で電車に乗れる事が最高の楽しみだったので、仕事以上に移動が楽しみな出張となりました。

往路は最終の各駅で大阪から移動となり、207系と117系を乗り継いだので、あまり感動はありませんでしたが、往年の新快速車輌の117系がまだ現役だったのは嬉しかったです。

帰りに福知山で乗り換えの際、思わず唸ってしまったのが、このクモハ113-3800でした。

存在は知っていたものの、実際にみるとこんなにインパクトがあるとは・・・。 113系なのに2両編成でトコトコ走る姿も可愛かったので、一目惚れでお気に入りの車輌になりました。

いつか作りたいと思っていた所に、西湘車輌さんの競作プロジェクトが目に入ったので、エントリーを申し込み、現在に至ります。

惚れた車輌のお陰で、初めてオフ会に参加して、皆さんと作品を前に語る事が、こんなに楽しいものである事を知る事ができました。

素晴しい同好の皆様と知り合う事が出来た点でも、私にとって この車輌は忘れられないものとなるでしょう。
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2006年6月20日〜2006年9月9日の間 UPしました
 2006年6月6日 タイ駐在が2年を超えたので会社から一時帰国を頂き、私は2週間の休暇を日本で過ごしました。
 その際、かねてから行ってみたかった浜田市へ墓参りに行ってきました。また、それは何年ぶりかの両親との旅行でもありました。

 ちょうどお墓は線路のすぐそばの高台にあり、たまにやって来る山陰本線の気動車達も楽しむ事ができました。

 最近のJRの新型気動車は勉強不足で、この気動車の形式も知りませんでしたが、晴れた空の下 前面の赤帯が非常に美しく、その写真も気に入ったものに仕上がりました。 

2005年10月14日〜2006年6月19日の間 UPしました。

1997年9月15日 大好きなEF63にお別れを告げに横軽に行きました。 通常、一人で行動するのですが、この日は会社では貴重な鉄道好きの同期と二人で出かけました。

横川でEF63をたっぷり目に焼き付けてから、軽井沢に行き撮った写真がこれです。 かなりボケた写真ですが、自分が撮ったEF63では一番のお気に入りです。

当日は廃止直前と言う事でファンも多く、ゆっくりとロクサンにお別れをする事は出来ませんでしたが、あたかも自分もお別れをしに来た様なD51 498が時折鳴らしていた汽笛が今でも耳に残っています。

モデルのEF63についてはひかり模型の古いエッチング板と台車があるのですが、新性能電機で一番難関といわれているサッシュ廻りを含めた運転席を表現する工法が決められずに未だに着手すら出来ていない状態ですが、必ずモノにしたい機関車です。

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